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谷村有美のヒット曲トップ3と経歴!ラジオDJも人気のかわいい50台!

「日本マクドナルド」元社長の原田泳幸容疑者(72歳)が、妻の谷村有美さん(55歳)を暴行したと報じられました。年齢差17歳ですね。お二人が結婚したのは2002年ですので、結婚生活も18年ほどになります。

それにしても、立派な経歴をお持ちの方なのでびっくりです。報道記事によると、ゴルフの練習用具で殴ったとか。。。

妻の谷村有美さんは、「シンガーソングライターで歌手」との報道でしたが、どんな歌を歌っている方なのでしょうか。

今回は、「谷村有美のヒット曲トップ3と経歴!ラジオDJも人気のかわいい50台!」と題しまして谷村有美さんの代表曲を中心にお届けします!

谷村有美のヒット曲トップ3

谷村有美さんのシングル売上ランキングの上位3曲をご紹介しますね。

1位 信じるものに救われる

「信じるものに救われる」は、1995年2月22日に発売された20枚目のシングルです。

カップリング曲は、「恋に落ちた」です。

「夢を見る気持ちをもう一度だけ取り戻そう。
信じ続けるものは救われる」という力強いメッセージの曲です。

サビの部分が、「信じ続けるもの」から「信じ続けたもの」に変わるあたりもすごいなと思いました。

 

 

2位 ときめきをBelieve

「ときめきをBelieve」は、1992年6月1日に発売された12枚目のシングルです。

カップリング曲は、「ひとつぶの涙 (Single Version)」。

こちらは透き通った声がとても印象的でした。

3位 MOON

「MOON」は、1995年7月21日に発売された21枚目のシングルです。

カップリング曲は、「雪の朝」。

谷村有美の経歴

谷村有美さんは、2歳でピアノ、3歳でクラシックバレエを習い始めました。小さなころから、作曲・即興演奏が得意だったそうです。

小学校4年のときには、ビートルズのコピーバンドに参加。
13歳になると単身で渡米し、カルチャーショックを受けたと言います。すごい行動力でびっくりですが、アメリカカルチャーの影響も受けたのか、学生時代にはロックやフュージョン系のバンドでキーボード奏者として活動していました。

慶應義塾大学在学中の1986年に、CBSソニー主催のオーディション「ティーンズ・ポップ・コンテスト」で優勝し、シンガーソングライターの道へ進みました。

1987年にシングル「Not For Sale」とアルバム「Believe In」を同時にリリースし、華々しいデビューを飾っています。

 

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しかし、自身のヒット曲トップ3は、1992年以降に発売した曲ですので、活動15年以降に大ヒットが生まれているということになります。

デビュー当初から、彼女の歌声は「クリスタルボイス」と言われる癒し系の声でも人気のようでした。

1998年に活動休止し、2000年に復帰しました。
活動休止の理由は、充電が必要だったことのようですね。「デビューしてから十数年、走り続けて疲れがたまっていた」影響で「曲が書けなくなった」と述べていました。

2000年10月に活動再開。

2002年に、原田泳幸氏と結婚し、2005年には長男が誕生しています。

 

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ラジオDJも人気のかわいい50代

谷村さんは、レコードデビュー前からテレビの司会も行うなど、話すことも得意なようで、ラジオのDJでの飾らないおしゃべりが人気だったようです。
また、雑誌にエッセイを連載したり、エッセイ本を出版するなどの活動もしていますね。

特にラジオでは、人気FM番組、『FUNKY STUDIO 802 MUSIC GUMBO』のDJを異例の9年8ヶ月という長期にわたって務め、強い支持を受け続けたそうです。

ラジオDJ人気投票で5年連続第1位を取得するなど、異例の人気を誇ったそうです。(他には、中島みゆきさん、渡辺美里さん、などが1位を取得しています。みなさんざっくばらんなおしゃべりをする印象のある方々です。)

谷村有美さんは1965年生まれなので、もう50代半ばなのですが、相変わらずきれいでかわいい方ですよね。

傷が癒えてまた元気な笑顔が見られる日をゆっくりお待ちしたいと思います。

まとめ

今回は、「谷村有美のヒット曲トップ3と経歴!ラジオDJも人気のかわいい50台!」と題しましてお届けしました!

最後までお読みいただきありがとうございました。