中山泰秀(なかやま やすひで)副防衛相が、中東和平問題でイスラエル側に肩入れするような発言をして炎上しています。
今回は、「」と題して、中山泰秀氏についてまとめました。
中山泰秀の出身
中山泰秀氏は、祖父・祖母の代から国会議員という政治家ファミリーの出身です。
祖父 中山福蔵:弁護士、衆議院議員、参議院議員
祖母 中山マサ:衆議院議員(日本初の女性閣僚(厚生大臣))
父 中山正暉:衆議院議員
伯父 中山太郎:医師、元外務大臣
すごい家系ですね。
中山泰秀氏の祖母は、イギリス人とのハーフですので、中山泰秀氏も8分の1イギリス人ですね。
福蔵さんとマサさんの長男が太郎氏、4男が正暉氏です。
孫まで政治家になるとは、祖父母は想像していたのでしょうかね。
中山泰秀の学歴(出身高校・大学)
中山泰秀氏は、1970年に大阪で生まれました。
学歴をご紹介します。
中学校:千代田区立九段中学校(東京)
高校:アルザス成城学園(フランス)
大学:成城大学法学部法律学科(1993年)
大学院:早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了(2010年)
大阪の有名私立小学校を卒業後、東京の区立中学へ進学し、高校はなんとフランスへ旅立ちました。
追手門学院は歴史も古く、お金持ちの子息が通う学校というイメージですね。
中学は区立ですが、千代田区ですので近くに議員宿舎なども多く、議員の子息も多そうです。
そして、高校はフランスのアルザス成城学園を卒業しました。
アルザス成城学園は生徒数減少により2005年に閉校していますが、卒業生には、女優の深田あきさんや宮崎瑠依さん、ものまねタレントの山口知香さん、政治家の羽田次郎さんなどもいます。
成城大学卒業後、社会人、議員を経て、早稲田大学の大学院も修了しています。
中山泰秀の経歴
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1993年に成城学園を卒業すると、電通に入社しました。
当時は、まだバブルの中でしたので、広告代理店はとても華やかな世界だったのではないでしょうか。
3年後の1996年、衆議院議員選挙に大阪から出馬しますが敗れました。
4年後の2000年の衆議院議員選挙も落選。
20001年、大阪府議会補選も落選、と落選が続きました。
晴れて衆議院議員に当選したのは2003年。実に7年もかかっています。
外務大臣政務官に2度就任するも、2009年の衆議院議員選挙で落選。
2012年に国政に復活するまでの間は、株式会社パソナグループの代表補佐を務めたり、早稲田大学大学院で学んだりしていたようです。
2014年、外務副大臣に就任
2020年、防衛副大臣兼内閣府副大臣に就任
中山泰秀氏は、政治家ファミリーのサラブレッドで苦労なく歩んできたのかと思っていましたが、初出馬から当選まで7年、その後も落選を経験するなど、波のある政治家人生のようです。
中山泰秀の家族
中山泰秀の家族は、妻と子供が2人(娘一人、息子一人)です。
結婚したのは、初当選した2003年の9月。
嫁は一般人で、大手ゼネコンの大林組に務めていたという他に詳細な情報は明かされていませんが、とてもきれいな方だそうです。
美人な奥様の写真がないかと、中山泰秀氏のインスタやTwitterなど探してみましたが、プライベート写真は公開していないようで見つかりませんでした。
唯一見つけたのがこちら。ご自宅ではワンちゃんを飼っているようですね。
二人が出会ったきっかけは、なんと自身の選挙活動!
嫁となった女性はボランティアとして中山泰秀さんの事務所で電話番をしていたそうです。
その後、父の叙勲祝賀会で偶然にも再開し、交際から結婚へと発展したとのことです。
まとめ
今回は、「」と題して、中山泰秀氏についてまとめました。
中山氏は、華麗なる政治家一家に生まれ、高校ではフランスへ渡りました。
大学卒業後、広告代理店の電通を経て、政治家の道を目指しますが、当選するまで7年間かかっています。
衆議院議員選挙に初当選した年に、選挙のボランティアスタッフでもあった女性と結婚。一男一女をもうけました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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