「世界ゆるスポーツ協会」代表の澤田智洋(さわだ ともひろ)さんは、広告代理店の電通にお勤めのコピーライターでもあります。
今回は、「」と題して、言葉とスポーツと福祉が専門という、澤田智洋さんについてまとめました。
澤田智洋の学歴(高校大学)と経歴!帰国子女
澤田さんは、幼少期をパリ、ロンドン、シカゴで過ごした帰国子女です。
アメリカのシカゴの高校を卒業し、大学は、慶應義塾大学経済学部に進まれました。
海外暮らしの長い澤田さんの学歴について、詳細に見ていきましょう。
1981年に東京で生まれました。
親の仕事の関係で、生後3か月でフランスへ引っ越しました。
1歳から7歳までは、ロンドンで育ちました。
その後日本に戻り、小学1年生から5年生の途中まで日本の小学校に通いました。
小学校5年生からは再度フランスへ。
1年間日本人学校に通った後、「英語が話せるようになりたい!」と、パリのイギリス人学校に入学しました。
でも、小さい頃には話せた英語も、しばらく日本にいたことでほとんど忘れていて、とてもしんどい思いもされたそうです。
イギリス人学校には約2年間程在籍し、中学3年生からはアメリカのシカゴに引っ越しました。
17歳で帰国。
帰国子女枠を利用して、慶應義塾大学経済学部に入学しました。
大学を卒業後は、広告代理店の電通に就職しました。
初めは営業職だったそうですが、入社1年目の終わりにクリエイティブ試験というものを受けて合格。
2年目からはクリエイティブ職として、CMプランナーやコピーライターの仕事をするようになりました。
CMプランナーやコピーライターの仕事は面白かったものの、時間がたつと忘れ去られてしまうという虚しさもあったそうです。
転職を考えたこともあったそうですが、漫画の連載や、封印していた音楽活動を再開させたことで、コピーライター兼、漫画家兼、音楽作家と、複数の職種を掛け合わせて面白い仕事をどんどん任されるようになりました。
「運が良かっただけ」と謙遜していますが、多才な才能を持っていたことは間違いなさそうですね。
澤田智洋の嫁と息子
澤田智洋さんのお嫁さんについては、名前、結婚した時期など、何も情報がありませんでした。
澤田さんご自身のことは、かなり詳細な情報まで公開しているのですが、お嫁さんは別のようです。
ただ、とてもしっかりした方なのかなと思う文章がありましたのでご紹介しますね。
奥さん曰く、診断結果を聞いた直後の僕の顔は、顔面蒼白で、倒れるかと思ったらしいです。
顔面蒼白で倒れそうな旦那さんを、しっかり見ていた奥さんは、かなり強い方なのではないかと思います。
この「診断結果」というのは、息子さんの目の病気のことです。
2013年1月に生まれた長男が3か月のときに、複数の目の病気があり、全盲と診断されました。
最初は、「なんだか目が合わない気がする」と言う義母の一言。
しばらくして目が充血してきたため、病院に駆け込んだそうです。
近くのクリニックから大病院へ、数々の検査ののち、告げられた病名は、左目が網膜ひだ、右目が網膜異形成。わかりやすく言うと、全盲という診断でした。
眼球の奥にあった異物が悪性腫瘍だとしたら、命の危険もあると言われたそうですが、幸い長男くんは元気に育ち、現在8歳になっています!
こちらが息子さんかな?
全盲少年、階段のぼるの速いな。 pic.twitter.com/DfyzUp2IKR
— 澤田智洋|『マイノリティデザイン』 (@sawadayuru) June 26, 2021
息子の病気をきっかけに、福祉にも興味を持ったという澤田さん。
こんなパパと一緒なら、息子さんも自分らしい人生を送れるのではないでしょうか。
まとめ
今回は、「」と題して、言葉とスポーツと福祉が専門という、澤田智洋さんについてまとめました。
澤田さんは、アメリカのシカゴの高校を卒業し、慶応義塾大学経済学部に入学・卒業しています。
澤田さんのお嫁さんについては情報がありませんでした。
2013年に生まれた一人息子は、生まれながらにして目の病気があり、生後3か月で全盲と診断されています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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