人物

高松美代子(元プロ競輪選手)の経歴!引退後の現在の仕事と目標も!

48歳で競輪選手を目指し競輪学校に合格し、50歳でプロの競輪選手としてデビューした、高松美代子さん!

子育てをほぼ終えてからの挑戦でした。アラフィフの挑戦としてはすごすぎますよね!

今回は「高松美代子(元プロ競輪選手)の経歴!引退後の現在の仕事と目標も!」と題しまして、高松美代子さんについてまとめてみました。

高松美代子さんの経歴

高松美代子(たかまつみよこ)さんのプロフィール

 

【生年月日】 1962年5月9日 (2020年7月現在、58歳)

【出身地】 大阪府生まれ、東京都育ち

【血液型】 A型

【身長】 162cm

【最終学歴】 プール学院短期大学卒業

小学生の時に習い始めた日本泳法で高校生時代には全国2位になりました。

運動神経はずば抜けていたのでしょう。

キャビンアテンダントになりたかったそうですが、就職は全滅。

NHKの近江アナと似ているという声も多く、若い頃はとっても可愛らしい方だったのではないでしょうか。

事務職として働きながら、教員免許を取得し、小学校の教師を目指していました。

結婚、二人の娘さんの出産を経て、小学校の臨時教員として働いていた時期もありました。

自転車との出会い・付き合い

自転車によく乗るようになるのは、二人の娘さんの保育園の送り迎えだったそうです。

片道5kmや7kmを1日2往復(送りと迎え)で、1日20km、28kmとか!

これを計7年間続けたそうで、総距離数はなんと地球1周分に匹敵するそうですよ。

30代の頃、夫に誘われサイクリングを始めました

そのうち、小学生の時に習った水泳や自転車経験を活かし、トライアスロンや300kmレースにも参加するようになります。

めきめきと頭角を表し、「東京-糸魚川ファストラン」では8回優勝の快挙を成し遂げます!

「日本スポーツマスターズ自転車競技大会」では5連覇し、自転車競技で一目置かれる存在となりました。

徹夜で参戦した400kmのレースの途中、「もうだめ、眠い」と道路に横たわり20分の仮眠したものの、女子選手のそれまでの記録を大幅に更新して優勝したという逸話も残っています。

48歳の時に、競輪学校が初の女子学生を募集していると知り、応募しました。

スポーツなのに「年齢制限なし」というのもびっくりしましたが、合格してしまうことにはもっとびっくりですよね。

そして、「軍隊のようだった」と言いつつも、自転車に集中する環境が整っていて、ある意味天国だった(幸せだった)1年間の寮生活を経て、50歳でプロ競輪選手としてデビューしました。

引退後の職業と現在の目標

54歳で夫を突然亡くされた高松さんは、競輪からの引退を決意します。

それまでも、怪我が多く、家族にも心配をかけていたことなどが引き金になったとのこと。

49歳で競輪学校に入学し、54歳で引退するまでの5年間が人生で一番輝いていたと言っています。

そんなチャンスをくれた競輪界に恩返しをしたい、関わっていたいという想いから、現在はガールズケイリンのサポート(新人研修の担当など)をされています。

そして、仕事で事務作業が発生するため、娘二人からパソコンの特訓を受けたそうです。

何でもパワフルにこなす姿が想像できますよね。

一方で、家庭菜園を楽しみながら娘さんと御飯を作ったりと、穏やかな生活をしているようですよ。(娘さんからは、お皿の洗い方までパワフルだと小言がありましたがw)

でも、根っから努力家の高松さんは、次から次へと小さな目標を立てているようです!

  • 般若心経の暗唱
  • ピアノで1曲(ボケ防止)
  • ボールペン習字
  • マスクを50枚作成
  • 指笛
  • 縄跳びなど

やりたいな、と思ったら1か月ほど集中してやることがポイントだそうです。

そして、簡単なこと、レベルの高すぎないものが良いそうですよ!

まとめ

「やらずに後悔するより、やって後悔する方が良い」は使い古された表現かもしれませんが、まさか50歳でプロの競輪選手を目指すとは、チャレンジのレベルが高すぎて驚きました。

高松さんから元気をもらった人も多いようです。

今回はここまでとさせていただきます。

最後までお読みいただきありがとうございました。