朝ドラ「エール」楽しんでいますか?
やっと裕一の「暗~い作曲家人生」を変えることになる救世主が現れました!
作詞家の高梨一太郎さんは、木枯さんと組んで「酒は涙か溜息か」を大ヒットさせた方です。
そんな大切な相棒を紹介してくれるなんて、木枯さんはなんて優しい人なのでしょう!
きっと、裕一のことが心配で放っておけないのですよね。
今回は、「」と題しまして、高梨一太郎のモデルとなった作詞家について、また演じているノゾエ征爾さんについても合わせて調べてみました。
作詞家 高梨一太郎のモデルは?
木枯さんが紹介してくれたのは、大ヒットした「酒は涙か溜息か」を作詞した、高梨一太郎でした。
名前の語感からしても、実在した高橋掬太郎(たかはし・きくたろう)がモデルだろうと推測する方が多いようですね。
#エール【高橋掬太郎】木枯正人が裕一に紹介してくれた高梨一太郎。名前の語感から見て、モデルは高橋掬太郎(きくたろう)と思われます。古賀政男の「酒は涙か溜息か」の作詞を手掛けた作詞家です。これ以上解説すると今週のネタバレっぽくなりそうなので、それでも構わない人のみググりましょう。笑 pic.twitter.com/Qyy0o5zIBt
— ひぞっこ (@musicapiccolino) June 1, 2020
高橋掬太郎は、1901年北海道根室に漁師の息子として生まれ「菊太郎」と名付けられました。
根室商業学校を中退後、根室新聞社に入社し、「高橋春波」の名前で文筆活動を始めました。
21歳の時に函館日日新聞に転職しています。詩や小説、脚本なども手掛けていました。
「酒は涙か溜息か」を作詞したのは30歳の時です。
その2年後に函館日日新聞を辞めて上京と、ここの部分はドラマの鉄男とかぶりますね。
さらに2年後、古関裕而と組んだ「船頭可愛や」が大ヒットとなります。
37歳頃に「掬太郎」に改名しました。
亡くなる2年前には、紫綬褒章を受章するほどの作詞家でした。
ノゾエ征爾の経歴
高梨一太郎を演じるのが、ノゾエ征爾さんです。
この丸メガネの方ですね。
あまりお見掛けしない方ですが、俳優さんでしょうか。
「エール」裕一を救う天才作詞家は劇作家・ノゾエ征爾 朝ドラ初出演「至福なヒトトキ」文筆家オーラで起用(スポニチアネックス) https://t.co/eXcNoPsFMQ #エール
— 朝ドラに夢中 (@asadoradora1) May 31, 2020
ノゾエ征爾さんは、劇団はえぎわを主宰する、劇作家、演出家、俳優さん。
1975年岡山県に生まれましたが、その後サンフランシスコに移り8歳までを過ごした帰国子女のようです。
サレジオ学院中学・高校から青山学院大学経営学部に進み卒業しています。
1999年に劇団はえぎわを旗揚げしました。
2012年には、第23回はえぎわ公演「○○トアル風景」の脚本が「演劇界の芥川賞」と呼ばれる第56回岸田國士戯曲賞に輝いています。
脚本家だけでなく演出家としても演劇界ではとても有名な方なのですね。
2019年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」にも出演し、NHKアナウンサー・松内則三役を演じています。
ラジオ実況が禁止された1932年ロサンゼルス五輪でNHKアナウンサー・河西三省(トータス松本)と一緒に「実感放送」を行うという役でした。
制作統括の土屋勝裕チーフプロデューサーは「いつもご自身の舞台の脚本執筆と演出でとてもお忙しいノゾエ征爾さんは、時々出演されるドラマでは、ちょっと出てくるだけでも『誰?この人』と気になる存在でした。今回も登場シーンは少ないのですが、売れっ子天才作詞家という役柄で、その雰囲気を出せる方に演じていただきたいと思い、ノゾエさんにオファーしました。ノゾエさんの持っている文筆家オーラが、今回の役柄にはピッタリだったと思います」と起用理由を説明した。(引用元:スポニチ)
#エール反省会 千葉哲也とかノゾエ征爾とか舞台演出家としてバリバリの方々が出てきましたけど、みんなちゃんと与えられた仕事をこなしているなあ。「舞台と違ってテレビの演出はよくわからないから」と割り切ってやっておられるのだろうか。おとなだなあ。
— mypemt (@mypemt) June 1, 2020
まとめ
今回は、「」と題しまして、高梨一太郎のモデルとなった作詞家について、また演じているノゾエ征爾さんについても合わせて調べてみました。
高梨一太郎のモデルとなったのは、昭和の作詞家の高橋掬太郎さん。
演じるのは、演出家・脚本家・俳優のノゾエ征爾さんです。
ミュージカル界だけでなく、今週は演劇界からも続々と役者さんが出演されて、本当に朝ドラは豪華ですね!
そろそろ裕一も売れるようになりそうで楽しみです。
今回はここまでとさせていただきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
Comments